本日は午前中で議会の委員会が予定通りに終わったので、午後は講演会に2つ参加してきました。
まず1つ目は「注文を間違える料理店」代表の和田行男氏の講演会@寒河江市文化センター。
私はこれまで「認知症って大変だなぁ」っていう程度しか認識していませんでしたが、どれだけ理解できていなかが理解できました。

以下、講演会を聞きながらの私のメモ
●「子育て」で「やっていること」から学ぶ
子どもにたくさん言葉をかける→こどもは言葉を覚える
つまり、言葉をかけない→言葉を失う
子どもがたくさん運動する→からだがどんどん動くようになる
つまり、運動を制限する→からだがどんどん動かなくなる
人間はやらないとできなくなる。
できたことを続けないからできなくなる。行動を制限される→ストレスになる。

●認知症になっても働ける=稼げるところが必要
・認知症の人は、どんな能力があっても能力がないと見なされてきた。
・そもそも認知症とはどんな病気なのかわかっていない人(周りの人・世間)が多い
・認知症とは、何かの病気によって起こる症状や状態の総称であり、全ての認知症の人が同じではない
※私がこれまで「認知症」だと思っていたのは、アルツハイマー型認知症で、一番多くはあるがそれが全てではない。実際にはいない人が見えたり、奇声をあげたりする異常言動などの症状が多いレビー小体型認知症、脳梗塞や脳出血などによって発症する血管性認知症(脳の場所や障害の程度によって、症状が異なる)をはじめ、様々な状態・症状がある。
・わかっていることがわからなくなる、できていたことができなくなる、脳のどの部分が衰退したのかによって症状が異なる。
・「認知症」という衣を被せられると、それぞれに症状が違っても同じ状態になってしまう。

●本気で「大変だな〜」って思えるか?
例えば病気や怪我で片腕が動かない人が、何かをうまくできないのを見て「なにやっているんだ?」とは言わない。「大変だな〜」と思う。
認知症は脳の中の病気なので、誰も見ただけではわからない。だから、何かうまくできなかったり、異常言動などを起こしても、「大変だな〜」って思われない。

●認知症を受け入れる社会・廻りの気持ちをどうしていくか。
2歳の子どもは大人と同じ事ができない。それは脳も体も成長しておらず、大人と同じ事ができないから。大人は子どもができない事を知っているので、子どもと同じ目の高さになり、子どものスピードに合わせて動き、子どもの知っている言葉・表現を使う。これは認知症と一緒。
子どもと一緒の時は子どもに合わせる→認知症の人に廻りが合わせる。
誰もが認知症になる可能性がある。
認知症になってもあきらめなくていい社会。寛容さのある社会・応援する社会へ。

認知症を治すことは私にはできません。
でも体の病気で思い通りできない方を気遣うように、認知症という脳の病気で思うようにできない方へももっと気づかえるようになりたいし、そういう環境を作っていかなくてはと感じました。
ありがとうございました!